« 父が亡くなりました・・・ | トップページ | もう、やだ・・・。(ρ_;) »

2011年3月20日 (日)

東北地方太平洋沖地震

3月11日(金)14時46分頃、自席で仕事中、震度6弱(マグニチュード9.0)の地震に襲われました。crying

最初の揺れが治まって来たか・・・と思う間もなく襲って来た、途轍もなく激しい揺れ。アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!
ヘルメットを被り、机の下へ潜って、恐怖に耐えていた時間が、とても長く感じられました。

やっと揺れが治まり、頭を上げると、傍らには大きなテレビtv
机の下で聞いた、でっかい音の正体は、このテレビtvが落下した音でした。

誘導の下、非常灯のみの社内から出て、避難場所となっている勾当台公園市民広場へ移動となったものの、大勢の人で辿り着けず・・・。
snowがチラつく中、仙台市役所の噴水前で待機となりました。
まるで、ドラマか映画movieの中にでも居るような、周囲の景色。
現実とは思えない状況に、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。( ゚д゚)

会社から非常用の水(500ml)を1本ずつ貰い、吹雪へと変わった中を急ぎ帰宅house
途中、今日は休みで、亡くなった父の確定申告やらで出掛けていたはずの姉と、ようやく電話mobilephoneが繋がり、自宅(マンション)で落ち合えました。
部屋は、倒れた家具はなく、家電や食器類も殆ど落ちず、落ちた物でも割れなかったという運の良さ。
姉と二人、「守って頂いた」と実感し、感謝shineで手を合わせました。

懐中電灯flairの明かりの下、ラジオから聴こえて来るのは、巨大な津波による被害の状況。
一体、東北から関東までの太平洋沿岸は、どうなっているんだろう・・・。sad
強い余震が続く中での、恐怖と不安の一夜でした。

翌12日(土)夜、官庁街に近い我が家houseは、電気が供給されました。
と同時に、テレビtvの画面から飛び込んで来たのは、巨大津波に襲われた岩手・宮城・福島の、海岸沿いの町々の悪夢のような映像。(lll゚Д゚)
友達が住む気仙沼に至っては、大規模な火災まで発生し、地獄絵図を見るようでしたsweat02
後日、友達の無事が確認出来た時には、心からホッとしたものです。

震災から一週間あまり。
会社buildingは、通常の業務が出来るような状況ではなく、女子社員も連休返上で、救援と災害復旧の為に動いています。
正直、身体は疲れているし、常に揺れているような感じ(ストレスの一種で、地震酔いというらしい)で、恐怖感も未だ消えてはいません。bearing
でも、津波で家族や家をなくし、厳しい避難生活を余儀なくされている方々と比べたら、恵まれ過ぎた環境に居ます。
そんな中の一人として、節電・節水を始め、少しでも出来る事をやろうと努めています。

今日は、早めの退社後、生でも食べられる野菜と、マスクや電気ポットを探して、一番町→中央通り→仙台駅前を、震災以来初めて歩きました。
街の皆さんから、復興に向けて頑張るパワーrock、沢山貰いました。

頑張ろうsign01宮城sign03

頑張ろうsign01東北sign03

« 父が亡くなりました・・・ | トップページ | もう、やだ・・・。(ρ_;) »

日々徒然」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1342757/39296259

この記事へのトラックバック一覧です: 東北地方太平洋沖地震:

« 父が亡くなりました・・・ | トップページ | もう、やだ・・・。(ρ_;) »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

MailBox

無料ブログはココログ